低料金が定着して久しい運送業界ですが、運送業界の運賃はなぜ上がらないのでしょうか?
また、「ブラックな業界」というイメージすら定着している背景にはどのような理由があるのでしょうか?
この記事では運送業界の運賃が上がらない理由を考えてみたいと思います。
マクロ的な問題
まず、大きな視点(マクロ)から考えてみます。
結論から言えば以下の理由によるところが大きいと考えられます。
「デフレーションの長期化」
「規制緩和政策」
「グローバリゼーション」
「緊縮財政」
大きな視点で観ると以上の理由は見落とせません。
ひとつづつ観ていきます。
「デフレーションの長期化」
ご存知かもしれませんが、日本はバブル崩壊を経験し、その後消費増税といった緊縮財政を敷き、失われた20年と言われるようにデフレが長期化しました。
デフレーションとは、
「物やサービスの価格が下がること」
です。
一見すると、モノが安くなることは嬉しいことのように思えるかもしれませんが、それは「使えるお金が少ない」という前提があるためです。
少し詳しくデフレーションの解説をします。
デフレーションという状態は、物やサービスの価格が下がることだと説明しましたが、なぜ、物やサービスの価格が下がるのでしょうか?
デフレ下では消費者の購買力が下がり、企業が提供する商品やサービスの価格を下げて売ろうというインセンティブが働きます。
一言で言えば、「売れないなら安くして売ろう」ということです。
価格を下げるわけですから、それまでと同じ個数が売れたとしても売上高は下落します。
次に企業がすることは「利益確保」です。
企業は売上が下がれば、利益確保の為に「コストカット」をします。
コストカットとは「人件費削減」や「原材料費の削減」、「日用品等の削減」そして、「外注費用の削減」があります。
企業はデフレーションの煽りを受け、日本全体でこのコストカットが行われました。
つまり、デフレーションとは、
「バブル崩壊と緊縮財政によりデフレーションとなる→消費者が物やサービスを買わなくなる→物やサービスが売れないから価格を下げる→価格を下げるから利益確保の為にコストカットする」
ということで、これが繰り返されることをデフレ・スパイラルと言います。
日本全体で延々と繰り返され、今も続いていますが、今はスタグフレーション、つまり、物価が上がり賃金が下がっているといった状況です。
「緊縮財政」
次に緊縮財政ですが緊縮財政を一言で言えば、あらゆるところに増税をし、公共事業などの財政出動を行わないということです。
以下のグラフを御覧ください。

97年に消費増税が行われ、それから下がり続けています。
つまり、使われなかった分、民間に需要と所得が供給されなかったということになります。
運送業に関わる公共事業はなんと言っても「高速道路の建設」です。


ドイツのアウトバーンと比較すると日本の高速道路は少ないように観えます。
日本とドイツの面積は日本が377,972平方km、ドイツが357,578平方kmです。
国際比較でも日本の道路はかなり少ないことがわかります。
物流業者の生産性を上げるためには、如何にモノを早く届けるかにかかります。
例えば、荷物の集荷から納品まで3時間かかるところが、道路の建設によって、集荷待ち、納品待ち、渋滞がなくなり2時間でひとつの案件が完了すれば、1時間浮くわけです。
浮いた一時間を利用し新たな案件をすることができればそれだけで生産性は上がります。
もちろん交渉力だったり、時期だったり、荷物の内容だったりとミクロの要素もありますが、マクロ的に考えればこのようになるのです。
道路建設及び緊縮財政は政治の問題ですから、運送業者が個別に努力してどうにかなるものでもありません。
道路建設について「税金の無駄遣い」という見方もありますが、日本は自然災害大国ですから、この道路が使えなくなってもこちらが使えるといった、バックアップ設備、一言で言えば「備え」というものが必要です。
道路の存在は物資輸送の前提条件のため、緊急時には命に関わる重大な問題なのです。
「規制緩和政策」
前段で、デフレーションを解説しましたが、一言で言えば「供給過剰で需要の不足」であると言えます。
そのような状況下で法規制の緩和をするとどうなるかという問題です。
規制緩和というものは、文字通り、法律で規制していた項目を緩く設定し、新規参入を促すための政策になります。
以下、物流ウィークリーから引用 記事削除済み
平成元(1989)年12月に成立公布され、翌年12月に施行された法律。貨物自動車運送事業法と貨物運送取扱事業法のふたつの法律で、通常「物流2法」と呼ぶ。昭和24(1949)年の通運事業法、昭和26(1951)年の道路運送法の成立以来、40年ぶりに規制緩和を軸に大改正された。貨物自動車運送事業法では、事業の免許制を許可制に、運賃の認可制を事前届出制に替えるなど経済規制の緩和を図った。半面、運行管理者の国家試験化など運送の安全確保を考慮して社会的規制の強化を図ったのが特徴。路線トラックが特別積み合わせ運送事業として一般貨物自動車運送事業に含まれ、従来の区域と路線の区別がなくなった。貨物運送取扱事業法では、輸送機関ごとの利用運送事業、運送取次事業を一本化して、取扱事業と実運送事業を明確に分けた。これにより、複数以上の輸送機関を利用する一貫輸送の料金設定が分かりやすくなった。
規制緩和とはこのようなものです。
タイミングとして今だからわかりますが、バブル崩壊の手前辺りです。
バブル崩壊せず、需要が多ければこの政策は意味をなしたと思いますがタイミングとしては悪かったのでしょう。
バブル崩壊から消費増税でデフレに向かいながらも規制強化はなされていませんから、供給過剰の状態のまま、新規参入を促すといった結果になってしまったのです。
もちろんデフレーションという経済環境から、物流業者も運賃の値下げ競争、サービス競争が勃発し、結果、現在の過剰サービス問題と低運賃問題が発生しているのです。
デフレ下での規制緩和政策は物流業者に限らず企業の競争を激化させてしまうという結果になってしまっています。
「東京一極集中」
この東京一極集中という現状ですがこれが大きな要因を占めているのではないかと思われます。
東京一極集中がなぜ、運賃が上がらない理由となるのか考えると以下のような現実が存在するからです。
「都市部に人口と企業が集中する」
「都市部に本社機能を持たせる企業が多い」
モノを使うのは人間です。
一ヶ所に人や企業が集中すればモノを必要とする場所にモノも集中します。
そうなることで、配送ドライバーに集荷、納品を行うための「待機時間」が発生する原因となってしまうのです。
先ほど、デフレ下では企業はコストカットに熱心になるという主旨のことを書きましたが、この問題もそれとは無関係ではありません。
企業は倉庫作業を行う人員も最低限に調整し、物流事業者はサービス競争で荷積み、荷降ろしもすることになり、更に待機時間も増えることになったのです。
当然、一ヶ所にモノが集中すれば渋滞の発生要因として想像するに難くないでしょう。
「グローバリゼーション」
次にグローバリゼーションですが、なぜグローバリゼーションが運賃の低下を招くのか説明します。
グローバリゼーションとはヒト・モノ・カネの移動の自由化のことです。
日本国内のみでヒト・モノ・カネが行き来するだけであれば、日本国内で生活している人達に回り回って還元されていきます。
乱暴な言い方をすれば、
「日本国内で稼いだお金(所得)は日本国内で使われる(消費や投資)」
ということです。
ところが、グローバリゼーションということになれば、日本で稼いだお金が、両替され日本円から他の通貨になり、その日本円は銀行に貯まっていきます。
これがインフレ期であれば銀行も企業に融資することは可能でしたでしょうが、デフレ期では企業に資金需要がありません。
企業はコストカットに集中し、銀行から新たに融資を受けてビジネスに投資するという本来の企業としての選択が非合理的な選択となってしまうのです。
それは企業の内部留保の推移からも明らかです。


引用:電通の内部留保は過去最高の8千億円=いますぐ社員倍増でき過労死招く長時間労働の解消可能
企業の内部留保が多いということは、企業が見通す未来に「儲かる」とか「新たな市場ができる」とか「イノベーション」といった展望がなく、とりあえず先行き不安だから貯蓄しておくという選択です。
そうなると資金が日本国内に還流しなくなるのは想像に難くないと思います。
更に、外資規制の事実上の撤廃で外資企業が日本企業の株式を取得することで、株主総会等で高配当を要求され、賃金やコストカット圧力が企業に向かうことになるのです。

引用:https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12149736754.html
配当金の推移は京都大学大学院教授である藤井聡教授
企業の低賃金労働の需要は現在も大きく、外国人労働者の賃金水準に合わせられるということでは、今後も運賃の上昇にブレーキを掛けることになる、あるいはドライバー不足から運賃が僅かにでも上昇すれば上昇した分、荷主側の労働者の賃金がカットされていくということになる可能性があります。
企業には「所有と経営の分離」という考え方があり、企業の所有者は「株主」であり、企業は株主の利益を最大限に追求するというひとつの掟があります。
これは欧米から輸入された価値観とも言えますが、そうであるなら外注の運送会社に支払う費用も削減して、株主利益を図らなければならず、それがまた、いわゆる「下請けいじめ」にも繋がるのです。
ミクロにおける問題
まず以下の資料を御覧ください。
資料1
資料2
トラック運送サービスを持続的に提供可能とするためのガイドライン~荷主・運送事業者双方の共通理解に向けて~
資料1から読み取れる運送業界の現実は、運送業者の荷主に対する「交渉力の低さ」と産業界に蔓延する「デフレマインド」が主たる要因のように思えます。
そういった背景から2018年末に「トラック運送サービスを持続的に提供可能とするためのガイドライン」を公開しました。
とは言え、この件について国交省に問い合わせをしたところこのガイドラインはあくまでも「交渉材料であり規制ではないので後は運送業者の努力が必要」といった回答でした。
運送業界は未だアナログな面が多々あり、驚愕したことは「メールアドレスを持っていないからFAXにしてくれ」といった要請があったり、メールアドレスが無いものだから受領書をPDFで送るといったこともできなかったりします。
ひとつめの資料にもありますが、「契約書を作成しない」という慣習があります。
というのも、定期的に仕事があるかどうかわからず、単発の仕事になる場合も多々あるので、「とりあえずこういった条件で」というニュアンスで、契約書は仕事が増えたらおいおい考えましょうとなってしまう現実もあるのです。
荷主側、元請けの運送業者としてはできるだけ運賃は安くしたいところなのでいざ契約してしまってから安い業者を見つけてもすぐには乗り換えられない為、このようにならざるを得ないということもあります。
荷主の需要は常に低運賃
前段でも書いたようにまた、資料にもあるように荷主の需要は「低運賃」です。
低運賃で且つ高品質な配送を求めるものですが、常識として「安くて良いサービス」など存在しません。
運賃を安くすれば必ずどこかに負担、圧力がかかり結果以下のような現状になるのです。

最低限の対策しかできない運賃しかもらえないのであれば、仮に配送中に車両が突如として故障した時や事故が発生したときのバックアップができないということになります。
しかし、最低限の運賃しかもらえなくても仕事が無いよりは良いということになり、利益も確保しなければならないわけですから現場にシワ寄せが行くという構造になってしまっているのです。
これが配送の品質の低質化と業界のブラック化の主な原因となります。
白トラックの運行
最近はあまり見ませんが未だ白トラックによる運行をしている業者もいます。
白トラックの運行は中々の重罪で、「3年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金」です。
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しかし、取締を積極的に行っているかどうかと言えばわかりませんし、恐らくしてないでしょう。
基本的には通報しかありません。
こういった不届きな連中が異常な低運賃で仕事を請けることも低運賃化、ブラック化の原因のひとつとなっているでしょう。
近年は荷主側のブラック化もあり、コンプライアンス意識のない荷主が「安ければどこでも良い」という理由から白トラックに発注している場合もあります。
ブラックな業界にはなるべくしてなっている
マクロな理由、ミクロな理由双方で考えてみれば、産業の末端である物流事業者にそのシワ寄せがいかないはずがありません。
様々な要因からブラック化しているのでこれは最早全体の問題、社会の問題という側面が否めないでしょう。
まずはブラック企業撲滅をすることから始めなければいけませんが、当局はブラック企業撲滅には消極的ですし、基本的にブラック企業は儲かるのですから、物流事業者も荷主側のブラック企業、違法操業企業を撲滅させることから始めるしかないように思えます。
まとめ
運送業の運賃が上がらない理由として、
マクロでは、
「デフレーションの長期化」
「規制緩和政策」
「グローバリゼーション」
「緊縮財政」
ミクロでは、
「交渉力の低さ」
「アナログな業界」
「契約書の書面の取り交わし」
「物流事業者のデフレマインド」
主な要因はこれらと言えます。
他にも理由はありますし、対策もあります。
しかし、これらの要因が大きな要因となっていることは否めません。
一方で、物流業の運賃は上昇しているという意見もありますが、トラックドライバーが結婚もできず、家族を養えない水準では、そもそもが低すぎると言わざるを得ないのです。
「運賃が過去最高を記録」と言ったことでも、数字はよく観ないと錯覚が効いてしまうので注意が必要です。トラック運賃が最高に
物流は社会インフラですから、物流企業が個々に努力することにも限界があるのでしょう。
物流に関わる全ての人の生活が豊かになる為には、荷主側が豊かでなければいけません。
そのような社会になればとても嬉しく思います。
参考:各リンク
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